国土地図株式会社

江戸時代の地図と図式【江戸切絵図】其二

<方位>

●江戸大絵図と江戸切絵図

 「江戸大絵図」は江戸市中全域その周辺を一面で表した地図で、徳川家康の江戸入府以来、慶長から明治までの260年以上作成され、「江戸切絵図」は江戸末期に江戸大絵図を使いやすいよう地区別に分割して作成されたもので、二つの版元から出ていて「近吾堂板」と「尾張屋板」がありました。

以下に、主な江戸大絵図と江戸切絵図を一覧にしたものを掲載します。

 

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【掲載図の閲覧可能サイト】

1 東京都中央図書館特別文庫

http://www.library.metro.tokyo.jp/digital_library/collection/043/no3/tabid/3144/Default.aspx

2 国際日本文化研究センター

http://www.nichibun.ac.jp/ja/

3 国会図書館デジタル化資料

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1286257?tocOpened=1
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1286180

 

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【掲載図の閲覧可能サイト】

※1 国会図書館デジタル化資料

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1286656

※2 国際日本文化研究センター

http://www.nichibun.ac.jp/ja/

  

 

●絵図と方位

 江戸時代でも全国で数多くの絵図が作成されていますが、各地の絵図では方位はマチマチです。しかし、同じ範囲で繰り返し作成されている「京都」では“北が上”の絵図がほとんどであるのに対し、江戸では前掲の「江戸大絵図一覧」のように“西が上”の図がほとんどを占めていることがわかります。これは私見ですが、京では南側に大阪湾~淀川水系、江戸では江戸湾~隅田川河口(江戸湊)という物資輸送ルートがあり、そこから街中を見た方向が上になったのではないでしょうか。

  

 

●江戸切絵図と方位

 前掲の江戸切絵図一覧は、尾張屋板の江戸切絵図29枚とその方位を記載しましたが、これで見る限り “西が上”の法則はあてはっていません。このバラバラに見える方位を判りやすいように図示したのが、次に掲載する図「江戸切絵図の図割と方位」です。

 本図は、現在の1/25000地形図上にJR・私鉄・地下鉄の路線と、江戸時代の海岸線と主要河川を記入したベースマップに、江戸切絵図各図の収録範囲と絵図名および絵図が示す上方向を整理したものです。

 

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 図に示してみると、「江戸大絵図」と同様に“西が上”となっている絵図は、小石川谷中本郷絵図・下谷絵図・今戸箕輪浅草絵図・浅草絵図・本所絵図・本所深川絵図・大久保絵図・内藤新宿千駄ヶ谷絵図・白金絵図・芝三田二本榎高輪邊絵図の10面だけです。また、当事「御城」といわれた“江戸城”を図の上とする絵図は、大名小路絵図・飯田町駿河台小川町絵図・番町絵図・永田町麹町外櫻田絵図・千駄ヶ谷鮫ヶ橋四ッ谷絵図・今井谷六本木赤坂絵図・築地八丁堀日本橋南絵図・芝口南西久保愛宕下絵図の8面あります。
 残る11面の方位が決まった理由が何処にあるのか、江戸城のような当事の誰もが知るランドマークがあるのか、単に四角に入れるためなのか気になるところです。

 

By Motto-O