国土地図株式会社

江戸時代の地図と図式【江戸切絵図】其四

<地物-弐>

●江戸切絵図の地物

 前回の“地物-壱”では、大坂・京・江戸の大絵図の何れにも地図の骨格である河川・湖沼・道路・橋と、表現の方法は別としてランドマークとなる城や陣屋等・神社仏閣が描かれていますが、そのほかは意外と少ないことを確認しました。

 

 江戸切絵図ではどうでしょうか。前記のほか番所(大番所、辻番所、橋番所、船番所)、御家人の住む組屋敷出入口の門、街道にある大木戸、水路・掘割、渡し場、坂道などの通行上のランドマークとなる地物が描かれています。では、主な地物とその表記を見てゆきましょう。

  

■御門(見附)と番所
1 asakusabashi

 御門(見附)は、石垣で囲まれた枡形に門と櫓で構成された江戸城の城門で、内掘側の田安門・清水門・雉子橋門・竹橋門・一ツ橋門・神田橋門・和田倉門・馬場先門・日比谷門・桜田門・半蔵門・常盤橋門・呉服橋門・鍛冶橋門・数寄屋橋門の15門と外掘側の山下門・辛橋門・虎ノ門・赤坂門・喰違見附・四谷門・市ヶ谷門・牛込門・小石川門・筋違橋門・浅草橋門の11門、合計36門が、切絵図には枡形と番所で表現されています。ただし、喰違見附には枡形や門は設置されていないので絵図にもありません。
 武道館への入口にある田安御門で見ると、御門(見附)の外から高麗門をくぐって升形に入った正面に小番所が、升形から渡櫓(わたりやぐら)門を抜けた正面に大番所が置かれていて、番所には警固の武士が昼夜詰めていました。

  

2 tayasu p

 

3 tayasu m

 

4 tayasu c

【地理院地図より】

  

  

■辻番所(つじばんしょ)

 江戸市中の武家屋敷町の辻々に幕府・大名・旗本が自警のために設置した見張り番所で、幕府の負担による公儀辻番(公儀御給金辻番)、大名によって設置される一手持辻番(大名辻番)といくつかの大名や旗本が共同して設置する組合辻番(寄合辻番)があり、辻番はそれぞれの担当地域を巡回して狼藉者などを捕らえ、番所は夜中も開かれていたそうです。 次の切絵図は、虎之御門から愛宕大名小路あたり(現:虎ノ門1丁目~西新橋1丁目付近)の東西約300m×南北約200mの範囲ですが、白丸で囲んだのが辻番所で17箇所あります。

  

5 tujibansyo

  

 これに対して、町奉行の監督下で町人地の各町に一つの自身番屋と複数の木戸番屋が設けられ、町内の見回りと不審者の捕縛や火の番が重要な役割で自身番屋の多くには捕り物道具や半鐘が備えられていましたが、切絵図には一切記載さていません。

  

■橋番所と船番所

 切絵図に全ての番所が記載されているわけではありませんが、町人地内の両国橋,新大橋など重要な橋のたもとには橋を管理する橋番所が、隅田川や小名木川には船の通行を管理する船番所が置かれていました。

6 ryogokubashi 7 shinohashi 8 eitaibashi
両国橋の橋番所 新大橋の橋番所 永代橋の御船手番所

  

■橋と渡し場

 隅田川には、上流から橋場の渡・今戸の渡・竹屋の渡・山の宿の渡・吾妻橋・竹町の渡・駒形の渡・御厩の渡・富士見の渡・両国橋・千歳の渡・安宅の渡・新大橋・永代橋・大川口の渡の順に対岸の向島・本所・深川と結んでいました。また、市中の川や堀・水路には多数の橋が架けられ、日本橋川や小名木川には渡し場もありました。 下の切絵図は、東海道・日光街道・奥州街道・中山道・甲州街道の五街道の起点であるの日本橋付近で、日本橋川には一国橋・日本橋・江戸橋が架かりその下流に“鎧ノ渡し”が赤線の区間を結んでいました。

  

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■坂道

 江戸城が武蔵野台地の縁に築城された関係で、大名や旗本が住む武家地には坂道も多く、切絵図には坂名が記載され、一部ですが坂の区間も記載さされている箇所もあります。下の絵図は神楽坂付近で、三つの白丸が神楽坂・新坂・逢坂です。 同じところを明治16年測量の“五千分一東京図測量原図”と比較してみると、絵図上で坂を横線で表した区間と測量原図の等高線の密な区間がピッタリ合っていることがわかります。

  

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■大木戸・木戸

 江戸市中には、防衛と防犯のため道路上に多くの木製の扉=木戸が設けられていて、切絵図には記号でその位置が記載されています。 木戸にもいろいろあり、江戸の出入口にあたる東海道の芝高輪・甲州街道の四ッ谷・中山道の板橋にある大木戸は、人間や物品の出入りを管理する簡易な関所機能を担っていました。また、町家の表通りの町境の要所には木戸が設けられていて、大きな町では1町単位に中小の町では町単位で設置され、二間ほどの間隔で建てた柱の間に両開きの扉が付き両脇は道路端まで柵または板塀で塞がれた構造で、そばには木戸番小屋があり木戸番が詰めていました。このほか、御家人などが住む組屋敷街の出入り口にも木戸がありました。

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四ッ谷大木戸と組屋敷街の木戸 浅草の町木戸

          

  

■その他の地物

 このほかの地物としては、道路上の鳥居・稲荷社・時の鐘・馬場・矢場などが記載されています。

  

By Motto-O