国土地図株式会社

江戸時代の地図と図式【江戸切絵図】其六

<江戸の町並み-其弐>

●切絵図の役割
江戸の規模がいかに大きかったかが「江戸全体図」見ると実感することができます。この大きな江戸を詳細に表したのが江戸切絵図で、切絵図には町割案内や武家地における住宅地図としての役割のほかに、寺社仏閣や名所旧跡へのガイドマップの側面もあったようで、さまざまな観光情報も掲載されています。

 

※市街図としての切絵図
 江戸幕府が拡大する江戸市街地に対応する上で、大名屋敷などの武家地や寺社地の整備・移転や、火除地設置など防災上の理由などで強制的に収用した土地の代替地として市中に与えた土地を「代地」といい、代地に移転して成立した町を代地町(だいちまち)といいました。こうした移転は大名屋敷や寺社、町屋などを問わず行われ、町全体が丸ごと一箇所あるいは数か所に分散して移動させられる場合もありました。
このため、江戸市街には、○○町や○○町○丁目のように現在でも使われる町名表記のほかに、○○代地、あるいは××代地町のよう移転した土地に旧町名を付けた町名が数多くあり、複雑な町割になっている場所も多く切絵図が役立ちました。下の絵図では、殆どの町名が代地町になっていて何処から移転してきたのかもよくわかります。

 

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町割りと町丁名:秋葉原付近(下谷絵図より)

 

 絵図のこのあたりは現在では秋葉原で、中央を上下に通る広い道に「此の通り下谷御成り道と云う」と書かれた道がありますが、この道が現在の中央通りでメトロ銀座線が走り、道の上方が末広町駅、下方左側が秋葉原の電気街になります。JR山手線は右側の武家地を上下に通り、下側が秋葉原駅になります。

 

※住宅地図としての切絵図
 武家屋敷には表札はなく、大名や大身旗本の屋敷になると塀で囲まれているため門を探すのも大変で、来訪者が目的の屋敷に簡単に行けるものではなく、参勤交代で地方から来た武士によく道を尋ねられていた麹町六丁目の近江屋五平(近吾堂)が最初に売り出したといわれ、切絵図が住宅地図から始まったともいえるでしょう。
 切絵図では、屋敷の主の名前だけでなく、文字の方向で門の位置も判るように記入されています。

 

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武家地:九段下付近(駿河台小川町絵図より)

 

 絵図のこのあたりは、現在ではメトロ東西線・半蔵門線、都営新宿線の九段下駅付近で、田安門の下方に日本武道館が、左の緑色のところが靖国神社、右下隅の“竹田伊豆守”と書いてあるところに「九段第二合同庁舎」があり国土地理院関東地方測量部が入っています。また、中央の“俎板橋”右方向に古書街のある神保町があります。

 

※観光案内図としての切絵図
 江戸時代、江戸は全国随一の観光地でもあり、江戸市民はもとより近郊在所の住民や参勤交代で江戸詰めとなった藩士などが主な観光客で、寺社はその代表格の観光地でした。

 

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浅草寺境内

墨田堤(桜の名所)

 

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増上寺境内

亀戸天神

 

 切絵図には、ご利益のある仏像等のある寺社ではその仏の名が、高名な寺社や名所などは絵入りで境内の説明がなされていて、ガイドブックのようになっています。

 


By Motto-O